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2007年12月27日

タイトルに偽りあり~交錯なんかしてません

教科書検定 評価と批判交錯 「一歩前進」「歪曲だ」

【「軍の強制」との表現はダメだが「関与」ならOK。沖縄戦の集団自決を巡る高校日本史の教科書検定問題に、文部科学省が結論を出した。地元の沖縄県民からは「一歩前進」との評価と「歴史の歪曲(わいきょく)は変わっていない」との意見が交錯した。一方で「事実上の検定撤回」と批判する声も。揺れ動いた検定内容に不信感が残った。【三森輝久、永井大介】

 「天皇陛下、ばんざーい」。45年3月、村長の声と同時に集団自決が始まった沖縄県渡嘉敷(とかしき)島。母と妹、弟を手にかけた金城重明さん(78)=与那原(よなばる)町=は「村長が命令を発する直前、(現地召集の)防衛隊員が村長に『命令が出た』と耳打ちしたのを同級生が聞いている。当時は一木一葉に至るまで軍の支配下。集団自決に軍の命令はあった」と強調する。

 今回の結論について「軍命をあいまいにする歴史の歪曲。自衛隊の海外派遣を恒常化させるため、軍の負の部分を薄めるのが政府の狙い」と断じた。

 同じ渡嘉敷島の生き残りで、9月に約11万人(主催者発表)を集めて沖縄で開かれた「検定意見の撤回を求める県民大会」で自らの体験を証言した吉川嘉勝さん(69)=渡嘉敷村=は、集団自決に追い込んだ主体が日本軍と表記されたことなどから「県民大会など沖縄の動きを文科省が一定程度、理解したのだろう」と評価。それでも「軍の強制が断定されなかったのは残念」と付け加えた。

 11歳の時、座間味(ざまみ)島で集団自決を目の当たりにし、姉を失った宮城恒彦さん(74)=豊見城(とみぐすく)市=は、「軍による教育・指導などで『集団自決』に追い込まれた人もいた」との注釈がついた例があったことに「当時軍の命令は絶対。『教育・指導』という表現では伝わらない」と指摘した。

 高校歴史の副読本「琉球・沖縄史」を執筆した県立宜野湾高教諭の新城(あらしろ)俊昭さん(57)は「一歩前進」。だが「検定意見を撤回させなければ、再び同じことが起こる。体験者がいなくなった将来、沖縄が声を上げられるかどうか」と懸念を示した。

 県民大会実行委の委員長、仲里利信県議会議長はこの日、東京都千代田区の衆院第1議員会館で会見。「集団自決の記述の回復がほぼなされ、従来より踏み込んだ記述もある」と一定の評価をしつつ「『軍による強制』や『命令』の語句が修正、削除されたことには不満が残り、今後の課題」と指摘した。

 仲里委員長は「県民大会に参加した老若男女の思いが(文科省を動かす)力になった。28日に実行委を開き、県民の理解を得られれば、会の役目も終わることになると思う」と語った。

 ◇「教育の中立」遠い

 新藤宗幸・千葉大教授(政治学)の話 沖縄の抗議があり、政権も(安倍首相から福田首相に)代わって今回の見直しに至ったわけだが、その経緯は、検定が「教育の中立」からほど遠いことを示した。そもそも史実に関する記述に、文科省が微に入り細をうがった注文をつける必要はあるのか。教科書検定は不要だという思いを新たにした】

 これはひどい記事。タイトルを一見しただけでは、集団自決を巡る意見が真っ向から対立しているような印象を受けるのだが、実際に本文を読んでみると、ここで問題となっているのがベクトルの向きではなく長さであるという事が判る。つまりは「表現の程度の問題」を云々しているだけであって、論調も完全に偏っているときたもんだ。いやはや、ワザとやったんじゃなきゃ、ここまでの記事は絶対書けないだろうぜ。

 だいたいさ、「防衛隊員が村長に耳打ちしていたのを聞いたと同級生から聞いた。だから軍命令があったのは確か」なんて証言、一体どんだけ不確かなのかと(笑)。こんな伝聞に伝聞の重なった話を鵜呑みにしていいのは、最初から「日本軍は絶対悪」という先入観を抱えている連中だけで、まがりなりにも記者をやっている人間なら、何の疑問も抱く事無く活字にしていいものではないと思うんだがなぁ。

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