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2009年4月23日

朝日新聞社説4/23~恨み節と責任転嫁

首相の供え物―持論と矛盾しませんか

【たかが供え物、されど、である。

 靖国神社の春季例大祭に、麻生首相が真榊(まさかき)を奉納した。「内閣総理大臣 麻生太郎」という札がついたサカキの鉢植えで、代金は私費で5万円を支払ったという。

 首相は昨年10月の秋季例大祭にも真榊を奉納していた。現職の首相が真榊を奉納するのは、2年前の安倍元首相以来のこと。それ以前は20年以上前の中曽根元首相までさかのぼる。

 麻生首相は「国のために尊い命を投げ出された方々に対して、国民として感謝、敬意を表するものだ」と、事実を認めた。「供え物を出した、出さないは言わない」と明言を避けた安倍元首相に比べれば率直ではある。

 一方で、なぜ参拝ではなく供え物にしたのかを問われると「説明する必要を感じない」「いろんな状況を勘案して」などと口を濁した。今後参拝するかどうかについては「適切に判断する」と、安倍氏同様のあいまいさだ。

 遺族や国民が戦没者を悼み、感謝をささげたいと思うのは、ごく自然なことである。春秋の例大祭や終戦記念日などに靖国神社に参ったり、供え物を納めたりするのも、その気持ちの素朴な表れだろう。

 だが、内閣と政府を代表し、外交に責任をもつ首相がそうした行動をとるとなると、問題は別である。

 戦前、陸海軍が所管した靖国神社は、軍国主義の象徴的な存在であり、日本の大陸侵略や植民地支配の歴史と密接に重なる。神社内にある戦争博物館「遊就館」は、そうした過去を正当化する歴史観をいまも伝えている。

 先の大戦の責任を負うべきA級戦犯を合祀(ごうし)したことで、天皇の参拝も75年を最後に止まった。01年から6年続いた当時の小泉首相の参拝をめぐって国論が二分され、隣国との関係が激しくきしんだことも記憶に生々しい。

 いくら私費でも、首相の肩書での真榊奉納が政治色を帯びるのは避けられない。憲法の政教分離の原則に照らしても疑問はぬぐえない。

 小泉氏が火をつけた靖国論争は、こうした靖国神社の性格や歴史を改めて浮かび上がらせた。

 首相自身も外相当時の3年前、靖国神社が宗教法人である限り、政教分離原則から首相や天皇の参拝は難しい、宗教色を除いた特殊法人にすべきだ、という論文を発表したことがある。

 参拝でないとはいえ、いまも宗教法人である靖国神社に真榊を奉納することは、論文の趣旨と矛盾するのは明らかだ。

 近づく総選挙を意識してのことなのだろうか。自ら参拝するつもりはないけれど、参拝推進派の有権者にそっぽを向かれるのは困る。せめて供え物でメッセージを送れないか。そんなご都合主義のようにも見えるのだが】

>なぜ参拝ではなく供え物にしたのかを問われると「説明する必要を感じない」「いろんな状況を勘案して」などと口を濁した

 アサヒは事実に忠実に報道しなさい。麻生首相は「口を濁した」のではなく「アサヒを相手にすらしなかった」のですからね(笑)。

当時の小泉首相の参拝をめぐって国論が二分され、隣国との関係が激しくきしんだ

>小泉氏が火をつけた靖国論争は、こうした靖国神社の性格や歴史を改めて浮かび上がらせた

 論争も何も、アサヒが靖国参拝を中韓との外交問題にまで発展させたんじゃないですか。何知らばっくれてるの?

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コメント

http://locolo.blog.so-net.ne.jp/2009-05-05
小泉が沈黙した理由は。
http://locolo.blog.so-net.ne.jp/2009-05-07-1
例えば放送コードがありまして、「不況」と言う言葉が使用出来るのは、
経済後退が11ヶ月継続して始めて「不況」と言う表現が出来るそうです。
それでは、皆様 逃げ遅れて当然です。
http://locolo.blog.so-net.ne.jp/2009-05-05-4
田原総一郎さんは自民党から講演料をもらっている

投稿: 釣工よ | 2009年5月 9日 10時33分

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