東京新聞コラム8/3~死刑が「悪」なのではない
【東京拘置所の刑場が、今月中に報道関係者に公開されることになった。民主党政権下で初めて死刑を執行した千葉景子法相の強い意向によるものだ。国会議員などを除けば外部への公開は初めてとなる▼死刑廃止論者で就任以来、執行に慎重姿勢だった法相が突然、執行命令書に署名した。死刑廃止を推進する議連や、人権団体から「変節」を問う声が上がったのも当然だろう▼法務官僚から強い圧力もあったはずだ。九月の代表選までわずかな任期であり、このまま職務を終えることもできた。選挙に落ち、民間人になってからなぜ執行に踏み切ったのか。その真意は測りがたい▼世論調査では85%を超える国民が死刑を容認しているが、執行は極端な秘密主義に覆われている。執行した死刑囚の名さえ、最近まで公式には明らかにされなかった。自ら執行にも立ち会った法相は、秘密のベールをはがそうという問題意識があったのだろうか▼昨年八月三日、東京地裁で初めての裁判員裁判が始まってから、きょうでちょうど一年。検察側が死刑を求刑する重大事件の審理は、これからが本番だ▼刑場の公開は報道関係者に限る必要はない。今後、極刑を選択する可能性のある裁判員の候補者が希望すれば、公開してほしい。死刑判決を下す覚悟を国民に求める裁判員制度なのだから、それぐらいの情報公開は当然のことだ】
刑場なんか公開したところで、それが死刑の論議に一石を投じるようなものだとはどうにも思えないんですけれどね…。殺人者千葉や左巻きは「こんな所で死刑が行われているんだ!何て残酷!」みたいなパフォをやりたいんでしょうけど、絞首刑がダメだったら薬物注射というようなテもありますし、そもそもそれを言ったら死刑を選択せざるを得ないような犯罪そのものの方がよっぽど残酷だと思いますし。真に憎むべきは死刑という刑罰ではなく、命をもってしなければ償えないほどの重犯罪なのではありませんか?そうした犯罪がなくなれば、当然死刑になる人間もいなくなるワケで、本来我々が目指すべき道とはそういう方向なのではないでしょうか?
>刑場の公開は報道関係者に限る必要はない。今後、極刑を選択する可能性のある裁判員の候補者が希望すれば、公開してほしい。死刑判決を下す覚悟を国民に求める裁判員制度なのだから、それぐらいの情報公開は当然のことだ
「裁判員の候補者」とは、例外を除けば一般の国民なのですから、公開するなら「極刑を選択する可能性のある裁判員の候補者」だけでなく、全国民を対象とすべきではありませんか?また同時に、「死刑判決を下さない覚悟」を国民に求めるため、極刑を選択する可能性がありそうな重大事件については、希望者に事件の詳細や裁判の進捗状況も公開するというのはどうでしょう?左巻きに一言言っておきますけど、「死刑の是非を問う国民的論議」と「死刑を廃止するための論議」ってのは全くの別物なんですから、勝手に混同しないで下さいね…。
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