アカは小学生にも劣るのか
【橋下・「大阪維新の会」の「教育基本条例案」「職員基本条例案」を撤回させようと、新日本婦人の会大阪府本部は17日、大阪市中央区のなんば駅前で宣伝、アンケートを行いました。19人が参加し、30分でビラ200枚を配りました。
杉本和事務局長は「教育評論家の尾木直樹さんも批判しています。ぜひご一緒に運動を広げましょう」と訴えました。
大阪市西成区の男性は「庶民の気持ちがわからない人が政治家になって、どうして教育者の気持ちがわかるのか。みなさんの運動はすごく輝いていますね。頑張ってください」と話しました。
条例案の是非を問うアンケートに応じた大阪市平野区の男性(62)は「教育基本条例案に反対です。教育に差別を生みだし、できない子を増やしてしまう」と語りました。30代の男性は「定員割れの府立高校をつぶすことは反対です」と答えました】
>庶民の気持ちがわからない人が政治家になって、どうして教育者の気持ちがわかるのか
その庶民が橋下に期待を寄せた結果が現状なんですがねぇ…共産党は民意をガン無視ですか?だいたいそれを言うなら、これまでの大阪の教職員や公務員の方が、よっぽど庶民の感覚からはかけ離れてますって。いわゆるヤミ専従とか、「市バス運転手で平均年収800万円」なんてのもありましたっけ?
それにしても、小学生の学級会だって、一度多数決で決まった事に対していつまでもブツクサ文句を垂れてるようなのは少ないでしょうよ。そんなんだから1人あたり10枚のビラを配るのに30分もかかるんですよ…。
【「大人物出でよというのはかつて政界の常套語であったが、これは今いる連中がみな凡庸だという意味の反語であったかもしれぬ」「丸太棒であれ鸛(コウノトリ)であれ、何か自分たちを統御してくれるものを恋しがっていた者は多いのである。しかしその適任者が仲間の内に、今まで埋もれていたということはあまり喜ばなかった。英雄はもう少し毛色の変わった馬に乗って、雲の彼方より出現してこなければならなかった」
これは、民俗学の泰斗である柳田国男が1930年に書いた「明治大正史世相篇」の「英雄待望」の章の文章だ。この本には文明時評的なところがあるが、この部分も皮肉で面白い。
橋下徹氏が大阪市長になって、きのう初登庁した。知事・市長のダブル選挙で圧勝したことから、中央政党も慌てて彼の「大阪都」構想に色目を使い始めた。メディアも同様で、市長選勝利後の評論やコラムでも、以前に比べて好意的な評価が目立つ。「改革の意欲は見るべきものがある」などというような…。一方、彼を「独裁者」と呼ぶ人たちの間では「ハシズム」という言葉が常套語だ。橋下氏は弁護士で、テレビのバラエティー番組で人気が出た。たしかに「仲間の内」からではなく「毛色の変わった馬に乗って、雲の彼方より出現して」きた。英雄の条件は備えているのかもしれない。
問題は、彼に75万もの票を入れた有権者の方にある。たしかに、東京に圧倒されている大阪の人たちにとって「大阪都」は耳に響きがいい言葉かもしれない。しかし、具体的な中身は未知数だ。わけが分からないようなものに対して「何かが変わるかもしれない」と期待をかける。「独裁」が、マイナスイメージどころか「何か自分たちを統御してくれる」プラスイメージになり、それが将棋倒しのように圧倒的な数に膨れ上がる。既に指摘されているように、その形は小泉純一郎元首相に似ている。
ただ、橋下という人には、小泉さん以上に攻撃的な姿勢がある。大阪府の教育基本条例に見られるような、反対派を力でねじ伏せるやり方。それを危険と感じず、かえって強さに魅力を感じるような社会風土が、いまの日本社会の一部に確実にある。閉塞感が強いことの証明だろうが、それだけでは片付けられない。
柳田は「わが国の英雄崇拝主義が、かなり国民性の深い底の方まで、根をさしている」と述べている。それから約80年。その風潮は、これ以上行ってはいけない、ぎりぎりのところまで来ている気がする】
「ワケの判らないものに期待をかけるな」ってんなら、アンタは民主党が衆院選で大勝した時にどう思ったんですか?通信社は余計な主張とかせず、黙って本来の仕事である記事の配信だけしてなさいって。
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